2015年10月25日日曜日

ちんたら登った?印西



朝から少し寒く札幌からは初雪の知らせがあった
30年前の1985年11月1日に東京カテドラル聖マリア大聖堂で結婚式を挙げて、数日後に札幌へ戻ってみると雪景色だったことを思い出す 結婚30年は真珠婚式ということを今日はじめて知った

息子が時々「水浸しパスタ」なるものを作っているが、茹で時間が1分で済み、とても美味しいというので午前中はそれを実験してみた 2時間ほどスパゲッティを水に浸しておいてから熱湯で1分ゆでるだけというもので、水が多量にある環境では燃料の節約になる調理方法で山でも使える場面がありそうだ
午後からは、半年ほど前に切り倒して庭のすみにおいてあったモクレンの丸太をチェーンソーで裁断したり、玄関のチャイムの交換をした

事前の連絡網で砂田が少し遅れるということだったので16時半になって印西へ向かって出発
17時半頃印西に到着してみると極道仲間の島田貞雄がいるではないか
先週の土橋さん遭難対策会議で宮崎さんが来週印西へ行く予定があるという話しをしていたから、ひょっとして、今夜あたりは山岳同人一同心のメンバーが来る可能性はあるかもしれないと思っていたので、勘が当たったことになる

島田さんに銚子から印西までどれくらいかかる?と聞いたら2時間少しかかるという返事だった
大変だとは思うが1980年頃から1993年頃までの間は逆で、私たちが広域農道を駆使して2時間以上をかけて銚子犬吠埼灯台下の岩場に通っていた
大木さんの家業は蕎麦屋 朝から蕎麦打ちをしなければならないが、その時間までに宗吾へ帰る為に金曜日の深夜に銚子へ入って仮眠し、薄明るくなる4時過ぎから登り始め6時過ぎまで登って、引き上げるというようなこともしていた
潮騒の中で大木さんは加山雄三の歌を聞かせてくれたっけ

島田さんいわく、怪我が治るまでは、今のようにちんたら登ったほうがいいという べつにちんたら登っているわけではないので、慰めにも何にもならない
そうこうしていると砂田が、奥様の実家から送ってもらった柿をおすそ分けしてくれた

11月の印西フリークライミング協会のスケジュールを岩崎から教えてもらった
次に来ることが出来るのは11月8日日曜日、14日土曜日、23日月曜日、28日土曜日といったところか 島田さんとはとりあえず11月8日に再会しようということになった

今日の印西は人数も少なく最後までつきあったのは島田、岩崎、砂田、私の4人ともうお二方の6名
シャワーを浴びてさっぱりして21時に家路につき、砂田とは船穂中学校先の総武カントリークラブへの交差点でお互いにハザードランプとパッシングで合図して別れた

帰宅は21時40分
22時過ぎに上高地から息子が帰宅した
風が強く寒かったという 数日後には冬山合宿偵察山行で再び上高地入りするはずだ
明日は錦糸町休業日 仕事は忙しいが筋肉についてはレストの一日なる

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