2015年8月29日土曜日

印西クライミングウォールで落ち合う


午前中は通院
外来は9時診察開始だけれど8時ころから来たほうがいいよ!との執刀医のドクターSRGさんのアドバイスで7時50分に病院へ行ったが、診療が終わったのが10時15分
それからリハビリを11時まで行った
ほぼ十日ぶりだったので理学療法士のIMKさんがいう
まさかクライミングしてないでしょうね?と釘をさされた

数日前に極道仲間の上田さんから
退院後に無理をするなというありがたいメールがあった

で、いよいよというか、待ちに待ったというか8月29日の夜がやってきた
そう、極道仲間が印西へ集結するという夜がやってきたのである

2015年8月27日木曜日

二ヶ月ぶりの錦糸町

リード大前傾壁右ラインの紫を登る島田さんのふくらはぎを見て欲しい
大きく前傾したこの壁では、フットホールドにも力を集中していることが良くわかる
すなわちフルパワーで体幹を維持しているということだろう


私の勤務先での一ヶ月以上に及ぶ傷病休暇における復職には、主治医の「復職可能診断書」に基づく産業医との面談が必要である
そして今日は産業医のIさんとの面談日だった
女医であるIさんとはなぜか縁があるが、理由が何であれ医者に縁があるというのは普通は喜ばしいことではないだろう
それでも長い付き合いになっているIさんは、私の怪我のことをとても心配してくれたが、そのうち、昔のことを思い出したように、まるで母か妻のような説教モード
まぁ仕方がないといえば仕方がないかもしれない、なぜなら長期傷病休暇を必要とするような怪我はこれまで骨折で4回、凍傷で1回の5回に及ぶのだから
私はもうひたすら平謝り
Iさんが心配するのは通勤時の二次災害だが、回復具合を丁寧に説明してようやく来週月曜日からの出勤を許してもらえた
本当に良い会社です

2015年8月21日金曜日

退院二日目

退院二日目
何をすることもなく一日が過ぎていく
つまりたがが外れたという感じだろうか
自分自身を制御すると言った意味では入院中のほうが良かったような気もしないではない
車を運転してヨーカドーへ行くなどして一日を過ごしたが、長時間に渡って足を下げていたのでむくんでしまった

当たり前だが食生活が変わった
妻の手料理が楽しめるようになった
下の写真は本日の夕食
ローカロリーで高タンパクというのが私が希望するメニューだということは妻も十分に心得てくれているので、それに沿った献立になっていることが嬉しい

2015年8月20日木曜日

無事、退院

本日退院した
凡そ二ヶ月を過ごした病室をあとにした

今回お世話になった病院はとても居心地がよく、愛着すら覚えていただけに、ちょっぴり感傷的になってしまう

ドクターをはじめとしてすべてのスタッフに感謝
なにしろ、親身になって看護してくれたし、頼もしかった
すなわち良い病院だったということだろう

2015年8月19日水曜日

明日退院 今後の予定など


今朝の回診で執刀医のドクターSRGさんに相談したところ、来週から復職可能という診断書を書いてくれることになった
というわけで明日、めでたく退院の運びとなった
ほぼ二か月の入院生活はもちろん初めてで、2009年左脛骨螺旋骨折の入院期間のほぼ倍の入院生活を送ったことになる
ただしドクターSRGさんからはリハビリを頑張りすぎないように釘を刺されてしまった
松葉杖で病院の建物の周りを何回もまわっているところを複数のドクターや看護師に見られたし、毎晩のトレーニングチューブやロックリングス3Dに一心不乱になって取り組む姿は他の入院患者には見られないものだ それで私が無茶なリハビリをしているというウワサが広まったらしい 

午後からはPTB装具メーカーの方が来てバネを調整し、25kg負荷へ変更してくれた
ふらついたときに、今までは松葉杖でバランスをとっていたが、25kgの負荷OKということであれば今後は右足を地面につけばよいので、松葉杖が不要になった

2015年8月18日火曜日

遠くに奥多摩の山々を見る 熱交換器付クッカー

トレーニングチューブの使用例
妻による撮影

朝、雨が上がり風が吹いて空気が澄み遠くの山が見えた
朝の段階では富士や丹沢方面には雲がかかっていたが、一方でいままで見ることができなかった奥多摩方面を見ることができた
方角から推測するに右の三角錐は大岳山だろうか
そして左方向へ三頭山さらに高尾山へと続いている山並みなのかもしれない
あいにく手元にカシミール3Dがないので正確なところはわからない

夕方になって妻と談話室へ行くと、富士山がシルエットになって見えているのに気がついた
病棟のスタッフに知らせると幾人かが窓際に駆けつけて暮れなずむ富士を一緒に見た
富士が夜のとばりに埋もれていくように見えなくなってからトレーニングチューブでいつもの運動をしていると、それを妻が写真に撮ってくれた

2015年8月17日月曜日

初めての外出許可 肥満への道まっしぐらだった頃


朝7時にPTB歩行の準備をして外へ出てみると雨だった
日中、雨が止んで路面が乾いたひと時もあったけれど、まだ降り出して夕方には本降りとなった

結局今日は歩行訓練はできなかった
その代わりと言ってはなんだけれど13時から15時まで外出許可を頂戴した
自宅に行って、写真保管用ハードディスクとPowerShotG16もバッグに入れた それからマウスの調子が悪かったのでヤマダ電機へ行ってBluetoothのマウスを3000円で買い求めた

病室に戻って、早速マウスを接続しようとしたがBluetoothのペアリングができない そもそもマウスをディバイス追加できない 時間がかかりそうなので、ひとまずあきらめる
次は写真保管用のハードディスクの中身を見る
デジカメで撮影した2002年7月14日以降のすべての画像が入っているディスクで「取扱い注意」の代物 これを見始めると時間を忘れてしまう
全部見るわけにはいかないので、ひとまずは2009年の骨折時の快復過程を閲覧してみた

2015年8月16日日曜日

Kさんの来訪 妻のマッターホルン ソルベイ小屋

写真でも右足のふくらはぎが細くなっているのが良くわかる

今日は午前中に来客があった
Kさんである
昨年まで同じ職場だったが、年明けに東京の端っこ大田区の下丸子というところに転勤してしまい、めったに会うこともなくなっていた
7月20日に面会に来てくれたN君とは下丸子の同じフロアで、N君からの情報で私の入院を知り、練馬からわざわざやってきてくれたのである
「温泉で傷を癒してうまいビールでも呑んでくれ」というメッセージを込めた手土産が洒落ていた
Kさんのお父様がたいへんな山好きであったとはかねてからきいていて、本人も八ヶ岳赤岳に登った経験がある
まだ誰も来ていない早朝のオフィスでそんな話をしたのはもう10年も前のことだ
思いもかけない突然の訪問にうれしい思いが募った

幾分、暑さの峠は越えたとはいえ、まだまだ蒸し暑い
昨日は14時過ぎにPTB歩行を行ってふらふらしたから軽い熱中症になりかけていたのかもしれない そこで今日は朝一番でPTB歩行を行うことにして9時過ぎに病院の中庭へ出た

2015年8月15日土曜日

iPhoneアプリで測ってみよう


午前中にリハビリを終わらせ、昼食後13時からは自主トレのロックリングス3Dで汗をかき、その後は超音波治療を行った

そしてPTB歩行である
昨日、PTB装具を装着しての院内歩行が解禁になって早速1.2kmほど歩いた
リハビリもただ「頑張った!」では面白くない
単調になりがちなトレーニングと同じようにその時点での程度を定量化して数値でなるべく表現できるようにすると、進捗の励みになるし、またコントロールもしやすい つまりゲーム化というか遊びとして取り組みたい

そこで、歩行距離をiPhoneアプリで測ってみようと思った
東館・西館・南館の建物の外周を一回りしたらどれくらいの距離になるのかを、まず測る
ゆっくりと一周してみると388mと出た GPSによるトラッキングを見ると若干乱れがある iPhoneに内蔵されているGPS用センサーの精度、あるいは建物が衛星を遮蔽してしまうのでやむを得ない そこで何回か廻ってみてその平均値を求めることにした

2015年8月14日金曜日

PTB装具による院内歩行と退院時期

これがPTB装具

ようやくPTB装具を装着しての院内歩行を行うことができた
2009年の骨折時にはPTBが拷問のようで、それは型取りの問題だったのではないかと思っていた
だが、実はそうではなかったのではないかと思い始めた
PTB装具では装具をバンドで足に固定して、かかとが宙に浮いている状態を作り出す 骨の治癒状態に応じて、バネによりかかとへの荷重を調整していく
かかとが宙に浮いている分の体重は膝で受け止める 今回の場合は膝だけではなく脛骨部分でも荷重が分散されるようにバンドできつく締め付けることができる
2009年の骨折は脛骨の骨折だったため、脛骨への荷重分散ができず、全体重をもろに膝で受け止めていたことに気がついた 体重を膝の一点で受け止めていたわけだがら、それは痛いわけだ 当然皮もむけるだろう 血もにじむだろう

2015年8月13日木曜日

Ag Gentle大型絆創膏

今週は勤務先も夏季休業なので仕事もほとんどなくゆっくりしていられる
とはいえ、回診、各種検査、リハビリ、自主トレ、超音波治療、面会などぼーっとしているような時間はほとんどない
それでも退院したらああしよう、こうしようと想像を膨らますのは楽しいことで、ルート図集などをみながら空想の世界に入ってひと時を過ごしたりもする

昨日の回診で、かかとの上、アキレス腱付近の手術痕の治りが遅れているという話があったが、今日は「Ag Gentle」と記された大型絆創膏をペタッと貼ってくれた
周囲はフィルムで密閉され本体のプヨプヨ感がなかなかいい感じだ 装着感もすっきりしており、悪くない

2015年8月12日水曜日

妻の夏山合宿 報告会


夏山合宿を終えた妻が面会に来た
とても満足そうな笑顔
天候に恵まれて本当に良かったなぁ
携帯電話で送ってきてくれた写真以外にも重量のあるPowerShotG9で撮影した画像が700枚
これを一枚一枚見ながら妻の話を聞く
話を聞いてみて「そうだったのか・・・」と思うことがいくつかあった
その最たるものは三泊までは夜ほとんど寝つけなかったということだった
初日の横尾、二日目三日目のババ平とウトウトしただけで夜が明けた
つまり槍ヶ岳も、南岳もそのような睡眠不足の条件下で登っていたという
四日目以降はぐっすり眠ることができ疲れもすっかりとれたそうだ
「山へ入って高度を上げて寝付けないのは高度障害が原因である」と日本における高所登山研究の第一人者であり医師でもあった故原真氏は著書で述べている
そうかもしれない
「だから南岳の往復は辛かった」と妻は言う

2015年8月11日火曜日

妻の夏山合宿 最終日

8時11分着信08:00
小梨平からみる穂高岳

8時11分今日最初の写真が送られてきた
小梨平に朝日が差し込み人通りも多くなってきた頃だろう
今日が夏山合宿最終日
夜行バスの車中泊を含めると7泊8日だったけれど、終わってしまえば短い8日間だった
予約している「さわやか信州号」は15時発だから、それまで時間はたっぷりとあるからゆっくりと過ごすことができよう

そしてバスは15時00分 定刻通り出発し、17時04分のメールではすでに諏訪パーキングエリアで休憩しているとの連絡があった
この一週間の日々がすでに遠い過去の思い出に変わりつつあることを感じながらバスに揺られていることだろう
妻の夏山合宿が無事終わった

****新着写真順次掲載****
08時11分 小梨平から見る朝の穂高岳
08時13分 小梨平から見る朝の焼岳
08時37分 河童橋ライブカメラ映像
11時57分 小梨平キャンプ場
12時34分 小梨平キャビン
12時35分 小梨平キャンプ場
12時35分 河童橋
12時44分 河童橋ライブカメラ映像
15時15分 西糸屋 (バス車中より送信)
15時15分 ウェストン碑 (バス車中より送信)
15時15分 清水屋ホテル (バス車中より送信)
15時15分 穂高連峰 (バス車中より送信)


2015年8月10日月曜日

妻の夏山合宿 六日目

7時16分着信ババ平出発の朝07:11

7時17分
妻は夏山合宿最後の夜をむかえるために上高地小梨平へと出発した
台風14号が八丈島の南にあって台風へ向かって巻き込む大きな雨雲が関東地方へかかろうとしているが穂高周辺には大きな影響はないと予報されている
11時前から1時間ほど病室の窓を濡らすほどの雨が降った 7月23日以来の雨ではなかったろうか

昨夜、息子にせめて現在地を知らせるようにメールしておいたら、先ほど7時44分にメールが着信した たった6文字の返信
「越中沢岳です」 
合宿中のプライベートなメール発信や写真撮影は禁止されているらしい 前半の劍沢定着を終え、オンスケジュールで後半の縦走へ入ったようだ
長期縦走もなかなか楽しいもので私は嫌いではない 立山から薬師岳間の稜線は2010年我が家の夏山合宿で歩いたことがある 越中沢岳からスゴ乗越の小屋まで結構長くて辛かった 立山から槍ヶ岳までの縦走で最も辛く感じるのはここと西鎌尾根ではなかろうか
また、この稜線の左手には黒部川上ノ廊下が流れている 上ノ廊下は家族を連れて過去3回遡行しているが、この年2010年は雨が多く遡行は危険な状態で残念ながら死亡事故も発生した 

今日も妻から送られてくる写真を楽しみにして待つことにしよう

****新着写真順次掲載****
07時16分 ババ平出発の朝
10時27分 槍沢ロッジ
10時29分 横尾山荘
12時46分 徳沢園
13時05分 徳沢
16時24分 小梨平 渡辺画伯
17時55分 雲に覆われた岳沢
17時55分 小梨平食堂
17時56分 梓川のほとり
17時57分 ささやかな祝杯
18時47分 小梨平テントサイト

2015年8月9日日曜日

妻の夏山合宿 五日目

10時24分着信10:22
ババ平テントサイト風景

入山以来、妻なりに緊張しながらの四日間連続行動で、さすがに疲れたらしい
今日は完全休養日としてババ平にもう一泊することになった
直射日光は強烈だけれど、平地よりも12度気温が低く空気も乾燥しているので、木陰にはいれば肌寒く感じることがあるくらいだ また往来するのは登山者だけなので、上高地の喧騒とはほど遠い世界でもある
そしてなんといってもここババ平は極道仲間たちと25泊を過ごして東鎌尾根と北鎌尾根を捜索したベースキャンプである この捜索にはほとんどの日程で妻にも同行してもらい、主にトランシーバで通信係をしてもらった
だから私だけでなく妻もババ平には特別な思いを持っていると思う


****新着写真順次掲載****
10時24分 ババ平 テントサイト風景
11時08分 工事が進む ババ平
11時19分 快晴の東鎌尾根
16時20分 槍沢ロッジ
16時21分 槍沢ロッジのベンチ
16時23分 針葉樹林の中の槍沢の流れ
18時53分 日の暮れた槍沢

※着信時刻が撮影時刻というわけではありません

2015年8月8日土曜日

妻の夏山合宿 四日目

天狗池の逆さ槍15:34


朝3時53分「行ってきます」とのメール着信
今日も気合が入っている様子だ
4時の槍ヶ岳山荘周辺の気温が10度だからババ平は16度前後だったろう
シュラフカバー単体でも十分睡眠がとれたことかと思う
昨日の槍ヶ岳往復で少し疲労がたまっているかもしれないが、逆に体は高山に馴染んでくるので、体調は良くなっているだろう

今日の計画は、槍沢から天狗原へ上がり、そこから横尾尾根を経て南岳を往復するというものだ
標高差は1100m 昨日とさほど変わらぬ歩行時間となる
さて、今日最初の画像送信はどの辺から送ってくるのだろうかと楽しみである

06:58 最初の画像が届いた
10:35 稜線直下の横尾尾根のハシゴを登っている最中との電話連絡あり

今日は靴が当たってひどい目にあったらしく帰幕も遅れ、19時半を過ぎて天狗池の写真を送ってきた 入山四日目で足がむくんだことも靴の当たりに拍車をかけたのかもしれない
明日は徳沢への移動だけだから、徳沢で少しは休めるだろう
あるいはババ平でもう一泊し完全な休養日にしてもいいかもしれない

****新着写真順次掲載****
06時58分 チングルマ
11時44分 南岳 山頂
12時41分 大天井岳・横通岳・常念岳
12時41分 槍ヶ岳
19時40分 天狗池の逆さ槍

※着信時刻が撮影時刻というわけではありません

2015年8月7日金曜日

妻の夏山合宿 三日目 PTB開始

10時50分着信10:17
槍の穂先への登り


病室で2時に目が覚めた 2時50分にモーニングコールをしたところ、少々寝ぼけたような声で返事があった
寝ざめでぼーっとしているのかもしれない

3時58分 「行ってきます」とのメールが入った
ババ平を出発したようだ
いつでもそうだけれど、早朝暗い闇の中の出発は本当に気分が良いものだ
ヘッドランプに照らされた踏みしめる岩、手でつかむ岩角
やがて白々と夜が明けてくる
黒から濃紺そしてブルー・・・・
美しいグラデーションの幕が徐々に上がっていく

出発後、携帯電話のバッテリー消耗を懸念して電源をOFFにしたらしく、しばらく通信が途絶えていたが9時半に槍の肩へ到着したとのメールが入った


****新着写真順次掲載****
10時50分 槍ヶ岳 穂先への登り
10時51分 槍ヶ岳 山頂 東面
10時52分 槍ヶ岳 山頂 北面
11時49分 槍ヶ岳山荘
11時49分 槍の肩からの槍ヶ岳
11時54分 天狗原分岐
14時22分 槍沢の下降

※着信時刻が撮影時刻というわけではありません

2015年8月6日木曜日

妻の夏山合宿 二日目

12時34分着信
ババ平先の槍沢の河原12:30

妻の夏山合宿 二日目の夜が明けた
一方、私は病室で4時半に目が覚めた
まずは各種気象情報をチェック 天候には問題はなさそうだ

5時を過ぎてから妻にモーニングコール
すでに起床して支度をしている最中の様子だった
普段は少々のんびりしたところのある妻だが、やる時はやるという感じで気合が入って機敏な動作で準備していることが伝わってくる

今日はババ平までの行程で、標準コースタイムは2時間20分と短い
標高差は335m 横尾を出発してから多少のアップダウンはあるものの槍沢ロッジの下までは槍沢の流れに沿ってほぼ水平だが、そこからババ平まで一気に300m近く登り続ける
20kg以下の軽いザックなら楽に登れるけれど長期山行のザックを背にしていると年配者にとってはかなり苦しい登りだ 私は昨年、一昨年と上高地からの初日でかなりバテてババ平入りしたことがたびたびある

ということで妻も気を引き締めて起床したことだろう



****新着写真順次掲載****
05時53分 横尾 パッキング
06時08分 横尾 テントサイト
06時28分 横尾 準備完了
12時34分 ババ平 テントサイト
13時10分 ババ平 工事中立ち入り禁止?
18時13分 ババ平 東鎌尾根
18時32分 ババ平 テントサイト

2015年8月5日水曜日

妻の夏山合宿 一日目

6時20分着信
河童橋にて06:20


定刻通り上高地へ到着したとの連絡があった
たった一人だから合宿ではないけれど6泊7日の幕営山行 あえて妻の夏山合宿と呼びたい
電波状態が良ければ写真を送ってくるので、着信した写真をその都度追加していくことにしよう

****新着写真順次掲載****
05時31分 上高地バスターミナル
06時20分 河童橋
06時35分 河童橋ライブカメラの妻
07時56分 明神
09時58分 徳沢
12時14分 横尾
17時26分 横尾(夕餉の風景)
17時27分 横尾(テント内部)
17時57分 横尾(テントサイト)

2015年8月4日火曜日

いってらっしゃい

新宿バスターミナル周辺でのワンショット22:21
(これはさわやか信州号ではありません)

16時40分
妻が7日分の500ccペットボトルのお茶を14本持って病室へやってきた
私の着替え等は昨日の内に持ってきてくれている
中西さんから頂戴したフルーツを妻にオピネルのナイフで切ってもらい、二人で食べながら、気がかりな注意点について念を押すようにして伝える
幸いにも高気圧に覆われているが、午後になって積乱雲が発達し局所的に時間当たり100mmの豪雨となっているようだ
徳沢のキャンプサイトは草原になっていて一見したところ快適に見えるが草原の下地は微妙に凹んでいるところがあって、雨が降ると水たまりになって案外厄介だ
ババ平は毎回利用しているコンクリート上のサイトを確保できれば少々の雨でも問題ないはずだ

数時間後に出発だが、まだ主婦としての細かな用事がたくさん残っているようで落ち着かない様子だ
17時10分 病院の駐車場まで妻を見送る

2015年8月3日月曜日

妻の夏山合宿 最終打ち合わせ


月曜日は忙しい
朝6時にレポートを送ってから、金曜日の夜以降に着信したメールを処理していく
リハビリが始まる11時までになんとか積み残しをクリア

途中で島田教授から動画付きジムレポートを着信
二回頂戴したが二回とも動画を見ることは叶わなかった。病室へ持ってきているPCには残念ながらネット上のストレージへはアクセスできない制御がかかっており、また添付ファイルもMAX2MB程度の制限があって見ることができない
テキストの解説によれば錦糸町リード大前傾壁右ラインの紫ルートへのトライのもの YouTubeなら見ることができるのだが、近いうちに一時帰宅が許されそうなので、自宅で見ることにしよう

さてリハビリ
いつもの理学療法士SMGITさんが代休なので、かわりにTさんという女の子がやってきた 22歳のお人形のように可愛らしい娘さんだった
リハビリの最後にトレーニングチューブとロックリングス3Dで自主トレーニングを20分 少し汗をかいた

午後からは引き続き、仕事をしたが月初にしては楽な一日だった
深夜になって依頼が急増するかもしれないが、18時半にひとまず仕事を終了しログアウト

19時近くになって妻が夏山合宿の最終打ち合わせを兼ねて面会にやってきた
ほぼ準備は完了したが、テントのフレームがどうしても見つからないという
車のルーフボックスに入れてあるはずだが、ルーフボックスにもないそうだ
妻は明日ヨシキスポーツで新しくテントを買うとまで言っている
そんなことはないはずなので、車椅子で病院の駐車場に止めてある車まで行ってルーフボックスを点検したところ、やっぱりありました
やれやれよかった
さっそく談話室へ移動し、細かい確認作業をしていく

2015年8月2日日曜日

妻の夏山合宿 息子の夏山合宿

たった一人の夏山合宿計画書


昨夜、いつもの通り妻が面会に来て、談話室で上田さんと宮崎さんが来てくれたことなどをしゃべっていたら
「私も来週は、山へ行きたいんだけど、長期間行っても、あんた大丈夫?」
「うん、俺は大丈夫だよ」
ということで妻のたった一人の夏山合宿の準備をすることになった
まずは大まかな日程だが、期間は1週間6泊7日、混雑するお盆の時期は避けたいし、8月下旬では遅くなる。できればお盆前に完了したいところだ
場所は槍沢のババ平滞在を妻は希望している
昨年、一昨年と土橋さんの捜索で妻も長期間にわたって滞在したババ平には、昔から知っているような愛着すら感じているのだろう
次は交通手段だ
妻が一人で行くのであれば、夜行バス「さわやか信州号」が上高地まで乗り入れてくれるので便利だ。はたして空席があるだろうかとネットで調べてみると、8月4日夜行便の予約が取れた
帰りの8月11日上高地発15時のバス「さわやか信州号」も予約できた
夏のハイシーズンだから数日後の予約がとれるとはラッキーだった

そして立案した6泊7日の夏山合宿の行動計画概要は次のようなものだ

2015年8月1日土曜日

極道仲間の来訪 なんでそうなるの?

極道三人組


10時の回診が終わってすぐに山岳同人「一同心」の上田と宮崎が小見川・潮来という遠路から来訪
上田とは昨年11月末の「第6回土橋敬司氏 関東3県合同遭難対策会議」で顔を会わせているが、宮崎とは昨年7月の「土橋さんの北鎌平デポ品回収」以来なので1年以上ご無沙汰だったことになる

中西や島田を初めとする「一同心」や栃木の古賀志をホームゲレンデにしているメンバーを私は極道仲間と勝手に呼んでいる
親不孝の限りを尽くし、家庭を顧みず、女房子供を泣かしてまでもクライミングを優先する
まさに極道だ
60歳にしてようやく良心に目覚めたところで、いまさら罪は償いきれまい

この極道仲間には今回の怪我のことは直接には伝えていなかった
お互い腐れ縁でもあり、常日頃からこのBlogをチェックしているのは周知のことで、今更とも思っていた
ちなみに大木さんや砂田、岩崎は私が怪我をしたことすら知らないはずだ

上田差し入れのサーティーワンアイスクリームを食べながら談話室で、また悪い相談が始まった
この連中と一緒にいると、今日これからでも「さぁロープを持って出かけるぞ!」という話になりかねない